「白銀の墟玄の月」感想

「白銀の墟玄の月」感想/新潮文庫
小野不由美著

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※ 今回はガンガンのネタバレで参ります。

 「図南の翼」にて利広が頑丘に「──そして、王はその世界を制するゆえに、その理屈を踏み越えねばならない」と曰った場面がありましてね。読んだときにそれはもう鳥肌ものだったと、今読み直してもはああああとしびれてしまう十二国記シリーズ名台詞の一つだと信じているのですが。さて、今回の十二国記最新刊にて、読了後に思い出したのは上記の台詞だったんです。そして小野先生が小野主上と呼ばれるのは、これは単にこの十二国記の生みの親であるだけでなく、この作品にて見事「民(読者)の想像を王(小野先生)が越えてきた」と、そういうところやでと、叩頭してしまうでこれは、と思いまして。
 いやもう、なんといっても泰麒、さんざ化け物やろって言われてきた泰麒。もともと黒麒でおおいなる可能性を秘めてましたってのはさんざん描写されてきてましたが、今回はシリーズを通して麒麟に対しある制約を、シリーズでもうこれでもか!これでもか!と植え付けてきた麒麟の特性を全部超えさせる説得力とカタルシスよ。しかも完全体でないのにそれでもせざるを得なかった泰麒の強さと心情を思うと、すっとすると同時に泣けてきますよねえ。でもって絵面?見せ方?盛り上げ方がもう神の領域ですよね。同じ感動を最近ノーラ・ロバーツ読んで感じたんですが、かなりえげつない過去とかあっても作中でこう、カーブでなく明らかな段階を踏んで事態が好転してるのを目の当たりにするの、本当にいいですね。読んでいて気持ちがいい。なんというか頂点に立つ創作者のそういう表現とか、同時代に読むことができて本当によかったなあとしみじみ感動しましたわ。
 この十二国記にて、陽子さんはあえてなのか、序盤でものすごい悩んでいたものの、王として立ったら蓬莱への思いの描写が全くないのよね。誰とも上手く仲良くなれなくて、息を詰めて暮らしてて、なので回想するようなお友達も(小説版では)いないのかも知れない。要君も同じなんですが、彼はさらに過酷な経験をしたけれど「先生」がいて、唯一のよりどころだったかの人を思いつつ、さらに苛烈な道を進む要君の心情がさあ……。もうね……。あの「魔性の子」があってそしてこのたびの「白銀〜」があって、あの十歳の可愛らしい黒麒麟の面影をもう一切消して冷淡に狡猾に生きねばと決心させたのは、戴の国の民と蓬莱での出来事がってのでさ……今までの麒麟像を覆すことになっても読者もこれはしゃあないと納得させる、とむしろ泣きたくなる豹変ぶりでしたね。
 あとねえ……ほんっと素晴らしいのよ……やっぱ本性は麒麟なんで慈悲もあるんで、阿選に対しても基本冷酷ではあるものの、なんかこう完全に牙を向いてるワケでなくて、でも所々で驍宗様至上って台詞をしれっと仰るのよ泰麒がね……萌えだろ……萌えるだろそれは……。なんなんだよもう……。最高か……。

 でもって阿選ですね。なんといいますかね。おそらく私には一生縁のない負の感情なんですが、それでもうっわ分かる……と思わせるんですよまた。なんとなく思い出したのは平成の歌姫と呼ばれた某お二方でして。お二人とも非常に才能ある歌手なんですが、一方が先に出たことで片方が「真似」とか「パクリ」とか言われる空気、あれはいかんですよね。二人共を潰すことになるよね。個人の見解ですが、ひとつ突出したものが出てきたら、それに感化されたり呼応されたりで同等の力を持つ者が現れるのはむしろそういうものじゃないかしら?と思っている。
 それはさておき。てなもんで驍宗様に思うところありすぎた阿選さん、これまた途中でどこで道を違えたの?ってのがこうガッツリ描写されててさあ、こっちもすっとするのと同時にあ〜って、なんかこうあ〜って、思わず目を閉じてしまうような、こう無念……って感じがありました。私はこういう悪人がなぜ悪人になったかとか見るの大好きでさあ……そういうことでも今作はやばかった。

 まだ言い足りない気もしますがまずがこの辺で。ところで最後の最後でさらっと「阿選を討つ」って記してあって。え、続き、出ないの?もうこれで戴編は終わりなの……?ってめっちゃ動揺してます……。え……。

至上最凶麒麟爆誕な一作。

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